「なぜ春の海は白く霞むのか」──水中春霞の正体を読み解く

Marine

春の海は、なぜあんなに霞んだのか

Marine J
Marine J

4月の牛深、楽しみにしてたのに……エントリーしたら視界が白くて。3月はあんなに青かったのに、同じ場所とは思えなかった。

J
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そうだよね。あの「霞」の正体、一緒に追いかけてみよう。実は「季節」と「直前の天気」、この2つが重なったときに生まれる現象なんだ。

ダイブポイント「ハルハエ」
2026年3月14日 上下の透明度は7-8mあった。
2026年4月18日 潜航直後で既に視界が悪く、海底まで全く見通せなかった。

透明度の高い「3月の青」と、視界を遮る「4月の白」。同じ牛深、同じポイント。なぜ春の海はあんなにも白く霞んでいたのか?「濁り」を天気のせい、季節のせいで片付けてしまうのは簡単だが、今回は、水中の霞が生まれる構造から読み解いてみたい。


海には見えない「蓋」がある

まず押さえておきたいのが、海の鉛直構造だ。

Marine J
Marine J

海って、上から下まで全部混ざってるわけじゃないの?

J
J

そうじゃないんだ。季節によって「よく混ざる時期」と「層に分かれる時期」がある。これが今回の霞の核心だよ。

秋から初春にかけて、海面は冷やされ続ける。冷たい水は重くなって沈み、下の水と入れ替わる——この対流と、海上を吹く風によって、海水は深くまで活発にかき混ぜられる。これを表層混合層と呼ぶ。気象庁の解説によれば、日本近海の表層混合層の厚さは、夏季に10〜20m程度なのに対し、冬季は100mを超える海域が広がっている。この「よく混ざる」状態のとき、プランクトンは深層まで運ばれてしまう。光の届く表層に留まれる時間が短く、密度が上がらない。これが3月の青の正体だ。


春、見えない「蓋」が閉まる

ところが春になると、状況が一変する。日射が強まり、海面付近の水温が上昇する。温かい水は軽いため表層に積み重なり、冷たい深層水との間に水温躍層(サーモクライン)という急激な温度変化の層が形成される。

J
J

この水温躍層が、海の「蓋」になるんだ。上の暖かい層と下の冷たい層が混ざりにくくなって、鉛直方向のかき混ぜが一気に弱まる。プランクトンが光の届く表層に閉じ込められる。そこに栄養塩さえあれば、爆発的に増殖する——これがスプリングブルーム(春霞)だよ。


「雨と晴天」が引き金を引いた

Marine J
Marine J

でも3月も4月も同じ春じゃない。なんで4月だけ霞んだの?

J
J

そこに「直前の天気」が絡んでくる。

ダイブの数日前、まとまった雨が降っていた。周辺の河川が増水し、大量の栄養塩が海へ流れ込んだ。その後で晴天により日射が強まった。成層が形成され始めた表層に、栄養塩たっぷりの水が閉じ込められ——光合成により植物プランクトンが爆発的に増殖した。3月はこの条件が揃っていなかった。成層がまだ弱く、混合層が深いままだったから、プランクトンは薄められていた。4月は成層・栄養塩・光の三条件が重なった。ちなみに、3月は直前の1週間ずっと晴れていた。


霞が生まれる3つの条件

今回の牛深で起きたことを整理すると、こうなる。

【3月:霞なし】
日射まだ弱い → 成層が形成されない
→ 混合層が深い → プランクトンが分散・希薄化
→ 透明度 高い(青)

【4月:霞あり】
日射強まる + 雨による栄養塩供給 + その後の晴天
→ 水温躍層が形成(蓋が閉まる)
→ 鉛直混合が抑制 → プランクトンが表層に閉じ込め
→ スプリングブルーム爆発
→ 透明度 低い(白く霞む)

透明度を決めるのは、「汚れの量」ではなく、海の鉛直構造によるものと言える。


今回の教訓

Marine J
Marine J

「今日は濁ってるな」で終わらせないで、「なぜ濁っているのか」を考えることが大事なんだね。

J
J

そう。そして「なぜ」が分かれば、「いつクリアになるか」も見えてくる。水温躍層が壊れる——つまり風が強まったり、秋の冷却が始まったりして成層が崩れれば、また混合が始まって透明度が戻る。

ダイブ前に確認したい3つのこと:

  1. 直近1週間で雨は降ったか(栄養塩の供給)
  2. その後、晴天があるか(成層の形成+光合成の促進)
  3. 水面の水温は上がり始めているか(成層の指標)

この3つが揃っていたら、水中の霞を覚悟した方がいい。

さらに深く学びたい方へ:Chiswell(2011)の提唱

ここまでは「成層が形成されれば霞む」という話をしてきた。では、成層はいつ始まるのか。その答えは熱フラックスにある。Chiswellが提唱したのがOSH(Onset of Stratification Hypothesis)——「成層化の始まり仮説」だ。成層が完成する前から、海面が正味で「加熱される」状態に転じた瞬間に、ブルームのスイッチが入るという。

その鍵になるのが「正味熱フラックス(Net Heat Flux)」という指標だ。

NHF = 短波放射(日射)
    − 長波放射(海面からの熱放出)
    − 顕熱(大気との温度差による熱交換)
    − 潜熱(蒸発による熱の持ち去り)

冬は長波・顕熱・潜熱による冷却が日射を上回り、NHFは負——海は正味で熱を失い続ける。ところが春、日射が強まるにつれてNHFがゼロを超え正に転じる。この瞬間から海面は正味加熱され、表層が温まり始め、成層化の第一歩が始まる。

Marine J
Marine J

つまり「NHFがゼロを超えた日」がブルームのスタートラインってこと?

J
J

Chiswellの考え方ではそうなる。実際にERА5という再解析データを使って、その計算をする試みを始めている。ブルームをどこまで「予測可能」にできるか今後の課題のひとつだ。

未解決の問い:海流はどう関わるのか

Marine J
Marine J

そういえば、3月と4月の海流図も見てたよね。渦の話はどうなったの?

J
J

正直に言うと、今回の霞に海流がどう関与したかは、まだ僕には分からない。でも過去の同じ時期の海流図を見ると、九州西方沖では冬から春にかけて循環が発生しているんだ。

3月と4月で海流パターンに違いがあったのは事実だ。鹿児島西方の循環が強まり、天草灘の流れ方が変化していた。これが牛深周辺の成層の形成や水の滞留に影響した可能性はある。

だが「海流の変化が成層の強まり方を変えた」という因果を直接示す証拠は、現時点では持ち合わせていない。


参考文献・資料

公的機関

論文

  • Chiswell, S. M. (2011). Annual cycles and spring blooms in phytoplankton: don’t abandon Sverdrup completely. Marine Ecology Progress Series, 443, 39–50.

気象データ


Special thanks:ブルーアース21 くまもと

ブルーアース21 くまもと

ちなみに今回はレスキューダイバー講習でした。低視界であることが逆に良いトレーニングとなりました。

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