ブルーアース21くまもとご協力の下、現場の証言と予測が合うのか検証してみました。
春霞は、いつ始まったのか

前回の記事で「成層が形成されれば霞む」って分かったけど、今年の牛深のブルームは具体的にいつ始まったの?

それを実際のデータで追いかけてみたよ。使ったのはERA5——欧州中期予報センター(ECMWF)が公開している再解析データだ。1940年代から現在まで、地球全体の大気・海洋の状態を復元した、海洋研究でも広く使われているデータセットだ。

難しそう……でも「予測できる」ってこと?

「予測」というより「診断」に近い。起きたことを後から数字で確認することで、次の予測の精度を上げていく——それが今回の試みだ。
今回は、前回紹介したChiswell(2011)のOSH(Onset of Stratification Hypothesis)を使って、2026年の牛深沖のブルーム開始日を実データから算出した。その結果と、現場の証言との照合を報告する。
使ったデータと計算方法
ERA5から取り出した4つの熱フラックス
ERA5から牛深港に最も近い解析点(32.25°N, 130.00°E : 牛深港から北に約7 km)の2026年1〜4月のデータを取得した。取り出した変数は以下の4つだ。
| 変数 | 記号 | 意味 |
|---|---|---|
| 正味短波放射 | Qsw | 日射による加熱 |
| 正味長波放射 | Qlw | 海面からの熱放出 |
| 顕熱フラックス | Qsh | 大気との直接熱交換 |
| 潜熱フラックス | Qlh | 蒸発による熱の持ち去り |
これら4成分の合計が「正味熱フラックス(NHF)」だ。
NHF = Qsw + Qlw + Qsh + Qlh
(ERA5はすべて下向きを正、つまり海面加熱方向を正と定義)
NHFが正 = 海が正味加熱される = 成層化が始まる条件が整う、という判定基準だ。
ブルーム開始日の判定基準
NHFの7日移動平均(中心化)が正に転じた状態が3日以上継続した最初の日を、ブルーム開始日と定義した。単日の変動ではなく7日平均を使うことで、天候の一時的な乱れを除外している。
月別NHFの推移:春への転換
ERA5実データから算出した月別平均NHFは以下のとおりだ。
| 月 | 月別平均 NHF | 状態 |
|---|---|---|
| 1月 | −301.8 W/m² | 冷却(強) |
| 2月 | −151.9 W/m² | 冷却 |
| 3月 | −89.2 W/m² | 冷却(弱まる) |
| 4月 | +16.2 W/m² | 加熱 ✅ |

1月は日射より冷却が圧倒的に上回っていて、海は毎日300 W/m²以上の熱を失い続けていた。3月になると冷却は弱まるものの、まだ負のまま。4月に入ってようやく正に転じる。

3月はまだ「成層が始まっていない」状態だったんだね。

そう。NHFで見ると、3月の霞がなかった理由がよく分かる。
予測結果:ブルーム開始は4月11日
NHFの推移をグラフで見ると(下図)、4月11日にNHF 7日移動平均が正に転じ、3日以上継続する条件が成立した。

ブルーム開始予測日:2026年4月11日
予測と現場の証言

今回はブルーアース21くまもとのRIEさんにお越しいただきました。実際に海が霞始めた日を教えてください!

こんにちは~🌊 写真見返してみたら4月17日から本格的に霞み始めてたよ~!📷

データと突き合わせてみます!


アメダスを見直したら12-15日までは曇りや雨だ。日射が十分でなかったのかな。

そうだね。11日には条件が揃って、NHFとしては正の状態が続いていても、光合成に必要な光量が不足していたことになる。4月16日に快晴が戻り、ブルームが顕在化、そして翌17日にRIEさんが透明度の低下を観測。つじつまが合いそうだね!

なんと~~!こちらで感じていた感覚とデータがちゃんと一致しているなんて凄い!!🌊🌟

私たちもびっくりです!こうやって現場の生の声を聴けるのはほんとうにありがたいです!

またいろんな海の現象の調査よろしくね!
4月17日の熱フラックス詳細
証言のあった4月17日のデータを確認する。
| 成分 | 値 | 方向 |
|---|---|---|
| Qsw(短波放射) | +108.2 W/m² | 加熱 |
| Qlw(長波放射) | −29.4 W/m² | 冷却 |
| Qsh(顕熱) | +14.0 W/m² | 加熱(大気→海) |
| Qlh(潜熱) | −81.5 W/m² | 冷却 |
| NHF | +11.3 W/m² | ✅ 加熱継続 |
| NHF 7日平均 | +38.3 W/m² | 安定した加熱 |
4月17日はNHFが正で、7日平均も+38 W/m²と安定している。成層化は継続中でブルームが維持される条件が揃っていた。
まとめ:ブルーム開始は数字で捉えられる
今回の試みで分かったことを整理する。
ERA5の熱フラックスデータとChiswell(2011)のOSHを組み合わせることで、スプリングブルームの開始日を事後的に特定できた。予測日(4月11日)と実観測日(4月17日)の差は6日で、その間の曇天による光不足が遅延の原因として説明できる。

NHFが正に転じた日はあくまで成層化の始まりを示す指標だ。ブルームの顕在化には、成層化に加えて十分な日射が必要だということも、今回の比較で見えてきた。「NHFが正に転じてから晴天が続く」という条件が重なったとき、霞の可能性が高くなる。逆に言えば、そのタイミングを外せば春でもクリアな海に潜れるかもしれない。
技術的補足
データ取得方法
ERA5データはCopernicus Climate Data Store(CDS)から無料で取得できる。CDS APIキー(無料登録)を取得後、以下の変数を指定してNetCDF形式でダウンロードする。
surface_net_solar_radiationsurface_net_thermal_radiationsurface_sensible_heat_fluxsurface_latent_heat_flux
今後の課題
日照時間データ(アメダス等)をNHFと組み合わせることで、「成層化の開始」と「ブルームの顕在化」の両方を統合した予測モデルに発展させられる可能性がある。また、複数年のデータを蓄積することで、牛深付近のブルーム開始日の年々変動と気候変動との関係も追えるようになる。
参考文献・資料
論文
- Sverdrup, H. (1953). On conditions for the vernal blooming of phytoplankton. Journal du Conseil International pour l’Exploration de la Mer, 18, 287–295.
- Chiswell, S. M. (2011). Annual cycles and spring blooms in phytoplankton: don’t abandon Sverdrup completely. Marine Ecology Progress Series, 443, 39–50.
データ
- ERA5 再解析データ(Copernicus Climate Data Store) https://cds.climate.copernicus.eu/
- 気象庁「海水温・海流の知識 表層混合層」 https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/data/db/kaikyo/knowledge/mixedlayer.html
前回の記事
- 「なぜ4月の海は白く霞むのか」──牛深・水中春霞の正体を成層から読み解く
Special thanks:ブルーアース21 くまもと

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